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東北電力仙台幹線

 

今回は仙台変電所の記事で触れた仙台幹線について紹介していきます。

仙台幹線は秋保温泉の西側にある仙台西変電所から、仙台変電所までを結ぶ275kV2回線送電線です。

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この送電線は今でこそ短距離の線路ですが、昭和34(1959)年の竣工当時は仙台変電所と只見川源流近くの本名変電所を結ぶ亘長169kmの大幹線でした。これにより田子倉発電所を挟んで新潟と仙台が結ばれることとなり、東北電力全体の系統連絡ができるようになるという画期的な運用開始当初は140kVで使用されていましたが、翌昭和35(1960)年6月の仙台火力2号機の運転開始とともに275kV運用となりました。

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青葉区中山の象徴的存在である中山大観音と仙台幹線。

東北初の超高圧送電線ということで、建設のための調査は念入りに行われました。昭和31(1956)年に地上調査とヘリコプターを使用しての空中調査を全線に亘って行い、積雪や着氷の状態を始めとした詳細なデータを得て設計に反映しました。ちなみに国内で最初に電力事業へヘリコプターを導入したのは東北電力です。この新しいものを積極的に導入するあたりは、初代会長の白洲次郎氏の影響がうかがえます。

ところで、本名仙台線が通過する蔵王は樹氷が冬の風物詩となっています。これは多量の過冷却水滴が枝に付着し、凝固して成長していくものです。しかし、これは送電線にとって大敵となります。付着した氷の重みで断線したり、風で揚力が発生すると浮き上がって上の電線に接触したりしてしまいます。

この影響を把握するために、米沢・喜多方の大峠と七ヶ宿の稲子峠に模擬送電線を設置して2シーズンに亘って越冬観測を行いました。大変な念の入れようです。

興味深いことに、この実験の報告がインターネット上に公開されています。(http://www.hitachihyoron.com/jp/pdf/1961/ex43/1961_ex_43_09.pdf)

気になる結果は、「相間スペーサを入れることで風下側の風荷重が10%ほど低下すること」「着氷は最大200mmほどになり、そのときの荷重は無着氷時の5倍・風荷重は3倍になる。しかし200mm以降は剥がれ落ちたり飛ばされたりするのでそれ以上成長することは考えにくい」というものでした。

この模擬送電線の設置場所ですが、現在は放棄された国道121号線旧道近くにあるため、残念ながら近づくことはできません。しかし峠に向かって高度を上げていく本名仙台線(現東北幹線)の勇姿を見ることができます。

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建設中の本名仙台線の鉄塔。東北地方電気事業史p.640-p.641の挿入写真。腕金や電線の様子が不思議な鉄塔です。気になる…

現在本名仙台線は本名変電所~米沢変電所が東北幹線、米沢変電所~西仙台変電所が蔵王幹線、西仙台変電所~仙台変電所が仙台幹線となっています。今は火主水従の連携という役割はありませんが、東北における超高圧送電線の先駆けとして末永く活躍して欲しいです。

参考:東北地方電気事業史

東北電力仙台変電所その3

今日は仙台変電所の東側と北側に接続されている送電線を紹介していきます。DSC_0527

手前の4回線鉄塔は上段が154kV代ケ崎線1,2号、下段が錦町線1,2号です。代ケ崎線は七ヶ浜町の仙台火力発電所まで向かいます。これが仙台変電所竣工当時、もっとも重要な火力電源を結ぶ送電線でした。錦町線は鶴ケ谷変電所で地下に潜ります。しかしその後はどこに向かっているのかは把握していません。おそらく名前からして錦町近くにある花京院変電所に最終的に到達してるのではないでしょうか。

変電所の北東には、154kV陸前幹線と275kV仙台港西線が接続されています。

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この陸前幹線、片側の1回線が接続されていないという変わり者です。大崎変電所までの路線と推測されますが、ちょっと要調査な送電線です。

仙台港西線は後述する仙台火力A線と275kV4回線となって仙台港変電所に接続されています。

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下段が仙台港西線で、大きく回りこむ鉄塔が特徴的ですね。

変電所の北側には275kV新仙台火力A線1,2号が接続されています。上段手前に伸びているのが本送電線です。

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こちらは変電所を出た後に宮城県民の森方面へ西進し、利府を通って多賀城市から仙台港にある新仙台火力発電所を目指しています。丘陵地帯を通る区間では山頂を結ぶように送電線が立っていて、さながら緑の海に浮かぶ島々を飛び石のように伝っていくようで面白いです。ちなみに手前に見えているのが陸前幹線です。

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明日は変電所の北西側に接続されている送電線の紹介と、本命の仙台幹線(旧本名仙台線)の現状をちょっとだけ述べる予定です。

 

東北電力仙台変電所その2

今日は仙台変電所に接続されている送電線路を紹介します。

DSC_0203まずは南から、運転免許センターの方から見たアングルです。

左側2つの矩形鉄塔は、それぞれ左から66kV国見支線、地下鉄八乙女線、堤通線1号、堤通線2号です。これらの送電線はこの先4回線鉄塔となり、仙台市地下鉄南北線八乙女駅まで向かいます。

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駅に着くと地下鉄八乙女線は地下ケーブルになり、駅内部の変電所に繋がります。残った3回線は水の森公園を通りぬけ、堤通線1,2号だけが水の森3丁目交差点近くの荒巻変電所に接続されます。堤通線はこの後地中を進み、堤通変電所から都心部に電力を供給しているようです。国見支線は貝ヶ森、国見と進み、最終的に葛岡霊園の中で大堀線と接続されます。

先程は見にくかった逆側を見てみましょう。DSC_0204

手前の1回線鉄塔が岩切線、次の矩形鉄塔が仙宮線1,2号です。こちらは変電所を出た後に3回線矩形鉄塔となり、免許センター内を横切って鶴ケ谷変電所に向かいます。鶴ケ谷変電所では仙宮線のみ接続という器用なことをしていました。左右の2回線が仙宮線で、最上段横3本の岩切線は接続されていません。

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その後利府街道と4号バイパスの交差点までは一緒なのですが、仙宮線がここで南に転進し小鶴新田変電所に接続されます。

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仙宮線の終点は苦竹変電所のようです。一方の岩切線は今度は代ケ崎線と一緒になって新幹線を越えますが、途中から別れて岩切に向かうようです。こちらの終点はまだ調査中です。

 

東北電力仙台変電所

今日は仙台市泉区松森にある、東北電力仙台変電所を紹介します。

DSC_0545昭和35(1960)年完成の超高圧変電所で、奥只見の水力電源と仙台火力の火力電源を結んで合理的な運用を行うことが当初の役割でした。すなわち当時最新鋭の仙台火力発電所をベース電源とし、変動する負荷は出力を変えやすい水力で賄うという方針が採られたのです。これは現代の電源構成に繋がる重要なターニングポイントとなりました。

電気事業黎明期は送電技術が未熟だったため、発電所は消費地の近くに作らなければなりませんでした。日本の都市は沖積平野ですから、もちろん水力発電はできず専ら火力発電に頼っていました。大正時代になってからは長距離送電ができるようになり、駒橋発電所に代表される大容量水力電源が運転費用の面から有利となりました。

それから太平洋戦争、終戦直後としばらくは水力発電が主流でしたが、高度経済成長で電気需要が伸び、季節によって発電量が変わる水力発電より安定した電源が求められるようになりました。

ここに来て高効率・大容量の火力発電所が建設できるようになり、米・ゼネラル・エレクトリック社の協力を得て作られたのが仙台火力発電所でした。

この火力電源と水力電源を連系させるために建設された送電線が275kV本名仙台線で、その水力側の起点が本名変電所、火力側の起点が仙台変電所でした。

DSC_0204変電所の話なのにいつの間にか発電所の話になってしまいました。今日は仙台変電所の生い立ちを紹介しましたが、次回はそこに接続している送電線路を紹介していきます。